こんにちは、アラサーぐーたらライフを謳歌中のわたしです。今日は珍しく「わたし、こんなことに挑戦してました」という報告回です。テーマはずばりAI。しかもただ会話して楽しむだけじゃなく、まさかの「アプリ制作」にまで手を出してしまったという、我ながら驚きの展開についてお話しさせてください。非エンジニアのわたしがAIとどう出会い、どう振り回され、そして最終的にどうやって「これだ」と思えるパートナーに巡り会ったのか。同じように「なんとなくAI気になってるけど、実際どうなの?」と思っている方に届いたら嬉しいです。ちなみにこの記事、書き始めたら思いのほか長くなってしまいました。それだけわたしの中でインパクトの大きい出来事だったということで、どうか最後までお付き合いください。
ある日突然「AIでアプリ作れるかも」と思った話
きっかけは本当に些細なことでした。夜な夜なChatGPTやGeminiに、その日あった出来事をぼやいたり、晩ごはんの献立を相談したり、占い代わりに今日の運勢を聞いたりする。そんな緩やかな付き合いを続けていたある夜、ふと画面をスクロールしながら思ったんです。「これだけ会話できるなら、もしかしてアプリとか作れちゃうんじゃない?」と。
正直、プログラミングはwebサイトを作るときにhtml cssを活用したり、本業で触っているc#がちらっと読めるくらいで、変数とか関数とか言われてギリギリピンとくるレベル感です。それでも「AIが助けてくれるなら、自分にも何かできるかもしれない」という謎の万能感が湧いてきてしまったんですよね。アラサーになって多少図太くなったのか、単に好奇心が抑えられなかったのか。とにかくその夜、わたしは「iPhoneアプリを作ってみる」という無謀な目標を掲げてしまったのでした。
思い返せば、わたしはもともと「形に残るものを作る」のが好きなタイプでした。社会人になってからも週末にお菓子を焼いたり、部屋のインテリアをちまちま模様替えしたり、副業先でデザインの仕事をたまにいれたりするのが息抜きになっています。アプリ制作という響きは、そういう「手を動かして何かを生み出す楽しさ」の延長線上にあるように感じられて、思っていた以上にわくわくする挑戦に思えたんです。もちろん、その先に待っている苦労のことなど、この時点では想像すらしていませんでした。
まずはChatGPTで挑戦してみた
最初に頼ったのは、いちばん馴染みのあったChatGPTでした。使い慣れているし、なんとなく「AIといえばこれ」という安心感もありましたし。「iPhoneアプリを作りたいんですけど、何から始めればいいですか?」と、ものすごくざっくりした質問を投げかけたところ、意外にも丁寧に手順を教えてくれました。ここまでは順調そのものだったんです。
開発環境を整えるところから始まり、必要なツールをインストールし、簡単なコードを書いては動かす。ChatGPTが提示してくれる手順を、ひとつひとつコピペしながらこなしていく作業は、最初は新鮮でちょっとした達成感すらありました。「わたし、今まさにアプリを作っているぞ」というワクワク感。この時点では、まさか後にあんなにもどかしい思いをするとは想像もしていませんでした。
画面に何かしらの表示が出るたびに、「おお、動いた!」と一人で盛り上がっていたのを覚えています。友人に「アプリ作り始めたんだよね」と話すと「すごいじゃん、エンジニアになるの?」なんて冗談交じりに言われたりして、なんだか自分が急に特別なことをしている気分にもなっていました。今思えば、この浮かれ具合が、後の落差をより大きくした要因のひとつだったのかもしれません。
ターミナルって何?からのスタート
アプリ制作を進めていく中で避けて通れなかったのが「ターミナル」の存在です。恥ずかしながら、わたしはこの黒い画面に文字を打ち込むツールの存在自体、ほとんど知りませんでした。「ターミナルを開いてこのコマンドを実行してください」と言われても、そもそもターミナルってどこにあるの?という状態からのスタートです。
- ターミナルの開き方がわからず、Macの検索機能で「ターミナル」と検索するところから始めた
- コマンドをコピペしても、微妙にスペルが違うだけでエラーになる現実を知る
- 「権限がありません」と表示されて、何を許可すればいいのかわからず固まる
- そもそも「フォルダ」と「ディレクトリ」が同じものだと理解するまでに時間がかかった
今振り返れば笑い話ですが、当時のわたしにとっては一つひとつが小さな山でした。ChatGPTは丁寧に説明してくれるのですが、テキストベースでのやり取りだと「今どの画面のどこを見ればいいのか」が伝わりづらく、何度も同じような質問を繰り返してしまう場面が多々ありました。スクリーンショットを撮って「ここで詰まってます」と見せられたらどれだけ楽だろうと、何度思ったかわかりません。
さらに厄介だったのは、ネットで検索して出てくる解説記事の多くが「ある程度知識がある人向け」に書かれていることでした。「〇〇は当然インストール済みとして進めます」というような前提がさらっと書かれていて、その「当然」の部分こそがわたしにとっては未知の世界だったりするんです。AIに聞けばその都度説明してくれるとはいえ、そもそも何を聞けばいいのかすら分からない瞬間が何度もあり、ここでかなりの時間を消耗してしまいました。
バグとの終わらない戦い
そして本題、いちばんつらかったのがバグとの戦いです。アプリを動かそうとするたびに、聞いたこともないエラーメッセージが真っ赤な文字でずらりと表示される。最初のうちは「ふむふむ、こういうエラーが出るのね」と余裕を持って構えていたのですが、それが1時間、2時間と続いていくと、さすがに心が折れそうになってきます。
ChatGPTにエラーメッセージをそのままコピペして「これ、どういう意味ですか?」と聞くと、もっともらしい原因と解決策を教えてくれます。言われた通りに修正する。でも直らない。また別のエラーが出る。それをまたコピペして聞く。また直らない。この無限ループが、体感でいうと延々と続いた気がします。
いちばんもどかしかったのは、「なぜこのエラーが起きているのか」を自分自身では特定できないことでした。エンジニアであれば、エラーメッセージの一部を見ただけである程度「あ、これは多分あそこが原因だな」と当たりをつけられるのかもしれません。でもわたしは非エンジニアなので、AIが出してくる答えを鵜呑みにするしかなく、それが的外れだったとしても、それを見抜く手立てがありませんでした。結果として、正解にたどり着けないまま同じところをぐるぐる回り続ける時間だけが過ぎていったのです。
気づけば時計は深夜1時を回っていて、「今日こそ終わらせる」と意気込んでいたはずが、画面には相変わらず赤いエラー文字が並んだまま。さすがにこの日は心が折れて、パソコンを閉じてベッドに倒れ込みました。翌朝、寝ぼけまなこで再びパソコンを開いても状況は変わらず、「これ、もしかして一生解決しないんじゃないか」という不安すら頭をよぎるほどでした。今思えば大げさなのですが、当時は本気でそれくらい追い詰められていたんです。
友人にこの話をしたら「それ、エンジニアでも普通にあるあるだよ」と笑われたのですが、その時のわたしには到底笑い話にできる余裕はありませんでした。ただひたすら「早く終わらせたい」「でも終わらない」というジレンマの中で、じわじわと疲弊していく感覚だけがありました。
非エンジニアゆえのもどかしさ
この経験を通して痛感したのは、「非エンジニアがAIを使ってものづくりをする」というのは、想像していたよりもずっとハードルが高いという事実でした。もちろんAIは知識としては膨大な情報を持っていて、聞けば何でも答えてくれます。でも、その答えが今の自分の状況に本当に合っているのかどうかを判断するには、結局ある程度の前提知識が必要なんですよね。
たとえば料理でいうと、レシピをどれだけ丁寧に教えてもらっても、火加減の感覚や、生地のこね具合といった「体で覚える部分」は、実際にやってみないとわからないものがあります。プログラミングもそれに近くて、AIが教えてくれる手順書通りに動かしているつもりでも、どこかで微妙にズレが生じると、そのズレの原因を自分では特定できない。これが非エンジニアにとって、地味に一番つらいポイントだと感じました。
それでも「ここで諦めたら悔しい」という謎の意地もあり、なんとか食らいついていたのですが、正直なところ心はかなり消耗していました。楽しいはずだったアプリ制作が、いつのまにか「早く終わらせたい修行」のようになっていたのです。休日にカフェでのんびり作業しようと意気込んで出かけたのに、結局エラーと睨めっこしたまま3時間が過ぎ、コーヒーだけがすっかり冷めてしまっていた、なんてこともありました。
「自分には向いていないのかもしれない」と何度も心が折れかけましたが、それと同時に「ここで投げ出したら、この先ずっとAIやプログラミングを避けて生きていくことになるのかな」という漠然とした不安もありました。時代の流れ的にも、これからますますAIと付き合っていく場面が増えていくのは目に見えています。だからこそ、ここで完全に苦手意識をつけてしまうのはもったいないという気持ちも、心のどこかにずっとあったんです。
巷で噂のClaudeに手を伸ばしてみた
そんな折、SNSやネットの記事で「Claude」という名前をちらほら見かけるようになりました。最初は「また新しいAIが出たんだな」くらいの軽い認識だったのですが、「コードを書かせるならClaudeがいいらしい」「エンジニアからの評判がいいらしい」という声を目にする機会が増えていき、藁にもすがる思いで無料版を試してみることにしたんです。
正直、そこまで大きな期待はしていませんでした。ChatGPTでさんざん苦労したので、「どうせ似たようなものだろう」という諦めムードすらあったと思います。半分やけくそのような気持ちで、これまでのやり取りの経緯や、今どんなエラーが出ているのかを、できるだけ詳しく説明する文章を打ち込んで送信しました。正直、返ってくる答えにもあまり期待していなかったというのが本音です。
でも、実際に使い始めてみると、そのやり取りの感触が明らかに違うことにすぐ気づきました。返答のスピードうんぬんという話ではなく、こちらの状況をきちんと理解しようとしてくれている、そんな空気が文章から伝わってきたんです。
もどかしい24時間が、たった1時間で終わった瞬間
これは大げさな表現ではなく、本当の実感として書きたいのですが、ChatGPTと丸一日近くかけても解決しなかったバグが、Claudeに相談したらものの1時間ほどで解決してしまったんです。同じエラーメッセージを貼り付けて、同じように状況を説明したはずなのに、この差は一体何だったのだろうと、当時は少し呆然としたのを覚えています。
Claudeとのやり取りでは、まず状況を整理するための質問がいくつか返ってきました。「今どんな環境で動かしていますか」「直前にどんな操作をしましたか」といった具合に、こちらの状況を丁寧に把握しようとしてくれる。そのやり取りを重ねるうちに、原因がだんだん絞り込まれていき、最終的にはピンポイントで「ここが原因です」という提案にたどり着けたんです。あの延々と続いた無限ループが嘘のように、すっと霧が晴れていく感覚でした。
画面に「Build Succeeded」的な表示が出た瞬間、思わず「うそでしょ!」と声が出てしまいました。深夜のリビングで一人、ガッツポーズをしていたわたしを誰かに見られていたら、さぞかし怪しい光景だったと思います。それくらい、あの瞬間の解放感は今でも鮮明に覚えていますし、あの感動を味わうためだけにでも、また何か新しいことに挑戦してみたいと思わせてくれる出来事でした。
この体験があまりにも鮮烈で、わたしはその場でほぼ即決で有料プランへの課金を決めました。「もう無料版だけで様子を見よう」という慎重さは、あの1時間の感動の前ではあっさり吹き飛んでしまいました。
Claudeが「変に答えようとしない」という安心感
Claudeを使っていて特にいいなと感じたのは、わからないことに対して無理にそれっぽい答えを返そうとしない姿勢でした。ChatGPTとのやり取りでは、こちらの説明が不十分なまま、なんとなくそれっぽい解決策を提示されて、結局それが的外れだったということが何度もありました。もちろんこちらの説明の仕方が悪かった部分もあると思うのですが、それにしても「とりあえず答えを出しておこう」という空気を感じることが多かったんです。
一方Claudeは、情報が足りないと感じたときには、はっきりと「もう少し詳しく教えてください」「こういう認識で合っていますか」と質問を返してくれます。これが非エンジニアのわたしにとってはとてもありがたくて、なぜなら自分では何が足りない情報なのかすら把握できていないことが多いからです。AI側から的確に質問を投げてもらえることで、自分の頭の中も一緒に整理されていく感覚があり、結果として遠回りせずに核心にたどり着けるようになりました。
「わからないことをわからないと言ってくれる」というのは、実はとてもシンプルなことのようでいて、なかなか徹底できることではないんだなと、この経験を通して実感しました。人間関係でも、知ったかぶりをせずに素直に聞き返してくれる人の方が結局信頼できたりしますよね。それと同じような安心感を、AI相手に感じるとは思ってもみませんでした。
それに、質問を返してもらえることで、自分自身の説明が実はかなり曖昧だったことに気づかされる場面も多々ありました。「動かない」の一言で終わらせていた状況も、Claudeに具体的に聞かれることで「ああ、そういえばこのタイミングで一度別の操作をしていたな」と、自分の記憶を掘り起こすきっかけになったりもしたんです。これは単に技術的なサポートを受けているというより、思考の整理を手伝ってもらっているような感覚に近いものでした。
有料プランへの課金を即決した理由
普段のわたしは、サブスクの類にはかなり慎重派です。「本当に使うかな」「元は取れるかな」と何度も検討してから、ようやく重い腰を上げるタイプ。それなのに、Claudeに関してはほぼその日のうちに課金ボタンを押していました。我ながらびっくりするほどのスピード感でした。
理由はシンプルで、あの1時間の体験が「時間をお金で買う価値がある」と心の底から思わせてくれたからです。非エンジニアのわたしが一人でモヤモヤと悩み続けていた時間は、精神的にもかなり削られていました。それが的確なサポートによってあっという間に解消されるのであれば、月々の料金なんて安いものだと感じたんです。
ぐーたらを自称しているわたしですが、実は「無駄な時間を過ごしたくない」という気持ちは人一倍強いのかもしれません。だらだらするときは思いきりだらだらしたい一方で、何かに取り組むと決めたときには、できるだけ効率よく前に進みたい。そんなわたしの性格に、Claudeとの相性はぴったりだったのだと思います。
課金してからは、無料版のときよりもさらにやり取りが快適になり、長いコードのやり取りをしていても会話の文脈をしっかり覚えていてくれる安心感がありました。以前は「さっき説明したことをもう一度説明しなきゃ」という手間が地味にストレスだったのですが、それがほとんどなくなったのも大きな変化でした。結果として、迷った末の課金でしたが、今では「もっと早く課金しておけばよかった」とすら思っています。
非エンジニアがAIと付き合っていくために大事なこと
今回の一連の経験を通して感じたのは、非エンジニアがAIをものづくりのパートナーとして使う上では、AI側の性能だけでなく「自分側の関わり方」も大事だということでした。
状況をできるだけ具体的に伝える
エラーメッセージをそのまま貼るだけでなく、「直前に何をしたか」「いつからその状態になったか」を添えるだけで、AIの回答の精度がぐっと上がる印象があります。人間の病院での問診と同じで、症状だけでなく経過を伝えることが、正確な診断への近道なのだと実感しました。
一度にすべてを解決しようとしない
焦って大きな問題を一気に解決しようとすると、逆にやり取りが噛み合わなくなりがちです。小さなステップに分けて、ひとつずつ確認しながら進めるほうが、結果的に近道になることが多いと感じました。「急がば回れ」とはよく言ったもので、これはAI相手でも変わらない真理なんだなと妙に納得してしまいました。
わからないことは素直に「わからない」と言う
知ったかぶりをして質問すると、AIも見当違いの前提で答えを返してきてしまいます。恥ずかしがらずに「そもそもそれが何かわかっていません」と伝えることが、結局は一番の近道でした。プライドを一旦脇に置くことの大切さを、AIとのやり取りを通して改めて学んだ気がします。
こうして振り返ってみると、AIとの付き合い方は人間同士のコミュニケーションとそう変わらないのかもしれません。丁寧に、正直に、そして焦らずに。当たり前のようですが、これがなかなか難しいんですよね。仕事でもプライベートでも、つい見栄を張ったり、話を端折ってしまったりすることは多いものですが、AI相手だからこそ、素直になる練習ができたようにも思います。
これからも「ぐーたらエンジニアもどき」として楽しみたい
結局、あのとき挑戦していたiPhoneアプリは、今もまだ完成には至っていません。ですが、Claudeと出会ったことで「非エンジニアでも、ここまでできるんだ」という手応えは確実に得られました。完成していないことすら、今となっては「まあ、そのうちぼちぼちやればいいか」というぐーたらマインドで受け止められています。
これまで「プログラミングなんて自分には縁のない世界」と思い込んでいた部分がありましたが、実際に触れてみると、思っていたよりもずっと身近なものだと感じるようになりました。もちろん専門家のような正確さやスピードにはまだまだ及びませんが、それでも「自分の手で何かを作れる」という感覚は、日々の生活にちょっとした彩りを与えてくれています。
最近では、アプリ制作以外にも、日々のちょっとした作業をClaudeに手伝ってもらうようになりました。旅行の予定を立てるときの候補地の整理や、家計簿の集計方法の相談、ちょっとした文章の校正など、使い道は思っていたよりもずっと幅広いものでした。「AI=難しい専門的なことに使うもの」という思い込みが、この数ヶ月ですっかり覆されたように思います。
まとめ:アラサーぐーたらの挑戦は、まだまだ続く
今回は、非エンジニアのわたしがAIを使ってアプリ制作に挑戦し、ChatGPTでの苦労の末にClaudeと出会うまでの顛末をお話ししました。もどかしい24時間が、たった1時間で解決した瞬間の感動は、今でもはっきりと覚えています。あの体験がなければ、きっと今もどこかで同じバグと格闘していたかもしれません。
「非エンジニアだから」「知識がないから」と最初から諦めてしまうのはもったいないな、と今回のことを通して強く思いました。もちろん一人で全部完璧にこなすのは難しいですが、頼れるパートナーがいれば、思っていたよりもずっと遠くまで進めるものです。大事なのは完璧を目指すことではなく、つまずきながらも少しずつ前に進み続けることなのかもしれません。
これからも肩の力を抜きつつ、でも気になったことにはちゃんと手を伸ばしながら、アラサーぐーたらライフを楽しんでいきたいと思います。次はどんな挑戦をレポートできるか、わたし自身も楽しみにしています。もしかしたら次回は、あのiPhoneアプリの完成報告ができるかもしれません。それでは、また次の記事でお会いしましょう。
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